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報告書

2022年6月14日(水)19:30-20:30 場所 Zoom

報告書

求められる実務家教員とは – 実務家教員による博士学位取得の意義

はじめに

髙橋 光輝 センター長より

本センターは、デジタルハリウッド大学および大学院の教育の質保証のための施策立案そして実装を行う機関として設立されました。これまでは自己点検評価活動を中心としたレビューを行いながら、外部の認証評価への対応も行っておりましたが、学内だけの動きに留まっておりました。今後は外部にも積極的に発信を続けようという趣旨で、今回のセミナーを開催いたしました。主に教員のファカルティ・ベロップメントを中心に、プログラムやセミナーを実施してゆく予定です。

発表の紹介

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登壇者・ナビゲーター
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<登壇者>

●松本 英博 氏(デジタルハリウッド大学大学院 教授/NVD株式会社 代表取締役)

京都府出身。18年にわたりNECに勤務。MPEG1でのマルチメディア技術の開発と国際標準化と日本工業規格化を行い、MIT(マサチューセッツ工科大学)で画像圧縮技術のために留学。NEC退社後、ベン チャー投資会社において大企業の新規事業開発支援、2002年9月に投資会社から分離独立し、NVD株式 会社(旧ネオテニーベンチャー開発)を設立、代表取締役に就任。大手企業の新規事業開発・社内ベンチャー育成などのコンサルティング実績を持つ。IEEE会員、MIT日本人会会員。工学博士(機械宇宙工学)。現在に至る。
[著書]「ヒット商品を生み出すネタ出し練習帳」「図解入門ビジネス最新事業計画書の読み方と書き方がよーくわかる本 社内新規事業からベンチャーまで[第3版]」など多数。
[最新論文] 石井晃(鳥取大学)共著 ”An Analysis with Dynamics Between Human Motivation and Messaging on Social Networking Services”, Intelligent Systems Conference (2021)

●藤川 真一 氏(デジタルハリウッド大学大学院 客員教授/BASE株式会社上級執行役員SVP of Development)

FA装置メーカー、Web制作のベンチャーを経て、2006年にGMOペパボで、ショッピングモールサービスにプロデューサーとして携わるかたわら、2007年から携帯向けTwitterクライアント『モバツイ』の開発・運営を個人で開始。モバツイ譲渡後、2012年11月6日に想創社設立。並行してモイ株式会社にてツイキャスのチーフアーキテクトを勤めた後にBASE株式会社 取締役CTOに就任。2019年7月から同社取締役EVP of DevelopmentおよびPAY株式会社取締役に就任。2021年4月から上級執行役員SVP of Development。2017年9月に慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科博士課程を単位取得満期退学、2018年1月博士(メディアデザイン学)取得、同学科研究員。2010年第8回Webクリエーション・アウォード Web人賞、同年 第一回デジタルハリウッド学長賞受賞。

<ナビゲーター>

●髙橋 光輝 デジタルハリウッド大学 教授/デジタルハリウッド大学 高等教育研究開発センター センター長


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【1】事例紹介:博士学位を取得した実務家教員より
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<松本 英博 教授>

1)自己紹介とキャリア

NVD株式会社代表取締役とデジタルハリウッド大学院の教授をやっております。

ICTのエンジニアとして18年おりまして、その時にIEEEの学会や、MITに入り、その後研究員を1年半やりました。その後、ベンチャーキャピタルで、いわゆる技術マネージャとして、投資案件の技術的な裏付けや、そのベンチャー会社が伸びているかを見ておりました。その後、独立して会社を作り、インキュベーションマネージャからいわゆるインキュベーターになりました。いま現在でベンチャービジネスを22年やらせていただいてます。

デジタルハリウッド大学院の方は、13年間教員をやっておりまして、最初は客員でしたが、その後専任として、修了課題まで見るようになりました。書籍は、ICT系の本やネタ出しの本、いま大学院で教えている事業計画書の読み方・書き方の本を出版しております。今年、鳥取大学にて博士号を取得し、そこでの指導もやっております。

デジタルハリウッド大学院では何を教えてるかと言いますと、「売れるか、勝てるか、できるか、儲かるか、そして愛されるか」ということをロジックでもってやっていこうということで、幾つかの修了生を応援してきております。
 
会社のサービスラインとしては、社内起業のお手伝いや、一般のベンチャー企業、それから第二創業の支援なども行っています。

学究の方は何をやってきたかと言いますと、いわゆるComputational Social Science、計算社会科学をやっておりました。ICTの時代に定量解析が可能になったということで、かねてより人間社会というのは、定性的な部分が多かったのですが、定量的に測れるようになってきました。いわゆるtwitter のようなトラフィックをうまく利用して予想したり、あるいはマーケティングに利用したりなどです。そういった、社会科学、情報技術、数理手法の3つが重なった領域を研究してきました。東京大学の鳥海先生らの研究会に参加しております。
  
博士論文は、”Human Communication Dynamics” (人間のコミュニケーション・ダイナミクス理論)でして、博士論文指導教員は、鳥取大学の石井教授でした。具体的に何を研究してきたかというと、なぜ人間はソーシャルネットワークにてメッセージを投げるのかという心理的な部分と、計算機上で動く部分について、「情報」という言葉の「報」の方のところについて研究をしておりました。

大学院では何をやっているかと言いますと、先ほど申し上げた「売れるか、勝てるか、できるか、儲かるか、そして愛されるか」を10個のクエスチョンに分けまして、「ビジネスプランニング基礎」という科目にて、マスター1年生を対象に、マーケティング戦略や事業計画の実践論を担当しております。

さらに、「デジタルコンテンツマネジメント修士」が、この大学院を修了した時の学位なのですけども、その修了課題制作の指導をやらせていただいております。具体的には、事業計画、デモコンテンツ制作、論文の指導をやっております。

それからラボプロジェクトという、一般的に言うゼミに当たる実践教官もやっております。こちらは先ほどの計算社会科学、あるいはマーケティング戦略について、院生自らテーマを設定してもらって、私が寄り添いながら指導してゆき、アチーブメントを出してもらうということをやっております。

そのほかにデジタルハリウッド関係ですと、メディアサイエンス研究所の研究室にて代表をやらせていただいております。研究室には経営学の専門家や先ほどの組織論などの研究員もおりますので、三者でデジタルマーケティングや組織等について研究しております。

2)博士の学位を取得した意義

実務家教員として博士号を取得した意義としては、一つは授業の指導に非常に役立ちました。研究をしながら分かってきたのは、実務も研究も同じで、新規性の探求は重要だということです。これは論文でもそうですし、事業でも同じで、仮説検証とビジネスでのアクション、この辺の部分は全く同じですね。

実務では、博士号を取ったことにより、新規事業の計画を立てる時も格段のヒントになることがありました。研究をやりながら、これは逆にビジネスに使えるのではないか、と言うことがありました。収益性を見る時においても、仮説検証とPDCAサイクルをもって、理論追求につながるようなこともありましたので、自分にとってはかなり意義があったと思っております。

経営者としてどうかと言いますと、私は今63歳なんですけれども、通常の会社ですともうすぐ定年となる年齢で、自身の業績をまとめるという時期になってきます。また、自分をリフレッシュするのに、これまでやってきたことについて、もう一度学び直したい点もありました。今回の博士号取得は、そうした学び直しの良い機会になったと思います。

また、新領域の方と触れ合うことができました。博士号を取得でもしなければ知り合えなかったような人々と、学会等でやりとりをしていた時に、「そういう考え方もあるのか」と気づきがあったり、お互い助け合って研究の前例を教えていただいたり、良い研究環境が生まれたと思っております。


<藤川 真一 客員教授>

1)自己紹介とキャリア

今年で48歳ですが、Webの業界に27歳で転職して、21年間ずっとWeb業界で仕事をしております。現在はBASE株式会社にて上級執行役員として、開発のマネジメントを担っております。2014年に取締役CTOとしてジョインし、CTOを別の者に譲り、開発担当役員として仕事をしておりまして、普段は経営や、サービス開発チームのピープルマネジメントや組織づくりをCTOと連携してやっております。

その他に、サービス信頼性チームのマネジメントをしております。会社が上場したことに伴うIT情報統制や社内のセキュリティーなど、企業信頼性を維持する為の情報システム部門を含めたいくつかのチームのマネジメントも行っています。

そもそもBASEという会社は、無料でかんたんにネットショップを開設・運営することができるサービス「BASE (ベイス)」を提供しています。BASEに登録すると、最短即日ですぐにクレジットカード決済が導入できますが、そこを悪用して我々からお金を騙し取ろうとしたり、「BASE」上でネットショップを開設したショップさんから商品を騙して取ろうと、不正に入手したクレジットカードで決済をする人たちがいます。そういった人たちをAIと人力で排除する不正決済対策を行うなど、サービス面と信頼性の両方を見ています。

教員としては、インターネット関連の授業を担当させていただいております。もう今年で6年目になります。主に座学で、まず授業を受ける学生には、Webの領域はすごく広いということを知ってもらい、だから暗記するのはとてもじゃないけれど出来ないので、適応力を身につけましょう、というところをテーマとして、色々な話をしています。

技術的なウェブサーバーはどうやって動いてるのかとか、クラウドのAWSとはこういう風になってるみたいな話もありますし、フロントエンドや、ユーザーインターフェースはスマートフォンやPCなどありますよね、などです。

そのほか、セキュリティーやWebマーケティングなど幅広く教えて、最後の方で開発マネジメントの話をして、エンジニアと一緒に仕事をしていくにはこうしたらいいですよ、といった話をします。

そして最後に企画・プレゼンテーションという形で、学生に「こういうことをやりたいんです」と発表をしてもらい、プレビューをします。自分は慶応義塾大学大学院のメディアデザイン研究科でドクターを取得しましたが、まさにそこで自分自身が受けた授業スタイルやレビューの仕方が、この企画プレゼンテーションの授業の指導において、そのまま生きているというのも一つのポイントだと思っています。

2)博士の学位を取得した意義

学位を取得した意義として、まず、自分は「インターネットの情報発信を用いた信頼指標に関する研究」という、インターネットを活用した時の事象を研究しました。その経験は、当然仕事にも影響しています。ダイレクトに影響しているというよりは、研究を通じて得た考え方や考えそのものが、日常の仕事の中で滲み出てくるようになったという表現が合っていると思います。

学位を取得するというプロセス、つまり論文を書いて公聴会で評価されるというプロセスは、一つのプロジェクトをやりきるということです。公聴会は、ディフェンスと呼ばれる通り、先生方からの厳しい質疑応答に負けないよう、真実を守り切ることで学位が授与されます。この説明責任を果たすということや、人と議論して深く考えるということがすごく大事であると思います。

学位を取得してから気づいたのですが、それまで社会人として生きてきて、色々なことを考えてきましたが、それを論文に落とせるくらいまで深く考えきるという体験は、あまりできていませんでした。それができたのは学位取得の意義として良かったと思っています。

また、博士号を取得するということは、教授の先生方に認めていただくというプロセスを経て、その分野のプロフェッショナルとして社会に出荷しても良いと認めていただいたというソーシャルなバリューでもあると思います。

修了後は、社会において、そういった学位取得を通じて認めてくださった方々に失礼がないように振る舞うとか、学位を取得したことで根拠ある自信を持って行動できるようになるというところも重要かと思っています。


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【2】パネルディスカッション:実務家教員による博士学位取得の意義について
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高橋センター長;

お二人の発表を通して、デジタルハリウッド大学や大学院を知っている方は、現場の先端で実務をやっている方が、授業を普通に担当しているのかなと見ていただけたかと思いますので、ちょっと私の方で補足説明をしていきたいと思います。また、このセミナーに参加されている方はこういうことを聞きたいのだろうという点についても、なぞりながら進めていきたいと思います。


<はじめに>

高橋センター長;

私は、高等教育研究開発センターの統括や学部のマネジメントをしていますけれども、大学として教育成果を高めるための仕組みづくりの一環として、実務家でありながら博士の学位を修めた方に、教育課程や、修了課題や卒業論文のようなアウトプットをご指導いただくということについて、常々必要性を感じており、今回のセミナーを開催いたしました。

開学当初は、特に博士学位を意識することはなかったのですが、開学して17〜18年の間、社会を見ながら、我々も変化しながら、実務家教員の在り方について考えてきました。まず、いわゆるインストラクターのような立場の教員だけでは、大学院としては非常に不十分であるという気づきを得たということがありました。その点における本学の考えにつきましては、お二人の先生方とのやりとりの後、私の方でお話ししたいと思います。


<実務家教員に必要な要素>

高橋センター長;

恐らくこのセミナーには、実務家教員の方が、「自分はこれから学位を取るためにはどうすれば良いか」、または実務家教員になろうとしている方が、「教員として何が必要だろうか」という疑問を持たれていると思いますので、この質問に対してお二人に振りながら進めたいと思います。

まず教員の役割について、伺ってみたいと思います。

松本先生、本学の教員は、科目担当もあれば、専任教授会でカリキュラムを議論をしたり、FDに関わったり、非常に広範囲に関わっていただいておりますよね。認証評価もそうですね。実務の比重が多く、理論が不足しているなどの指摘を受けて、学内で議論もしました。いろいろ気づきや考える機会が多いのですが、松本先生が考える「実務家教員としてこういう役割があり、こういうことができなければならない」というような観点について、お話しいただければと思いますが、いかがでしょうか。

松本教授;

学生さんの目線から見た方が、私は良いと思っていまして、まず実務家教員に期待されるのは、やはりそのそれぞれの専門がかなり深いということですね。それと、最先端を知ってるというのが重要なポイントだと思います。

ビジネスの世界で言いますと、デジタルマーケティングのような世界は、10年前はまともな時代ではなかったですけども、今は逆に最先端になってきています。Web3と言われる時代になった時、どのようにして商売をやっていけば良いかをよく知っているということも一つですね。その時に陥りやすいポイントや穴というものも、実務家なら知っている。ちゃんと理論が裏にあって、学生を指導する際は、これがどうして陥りやすいのかという理屈を伝えていくのが、我々の役目かなと思っております。

藤川客員教授;

いまお話を聞いていて、私もそうだなと思いました。自分はWebの分野なので、その話をすると、Webやテクノロジーそのものは、大学などで研究されて世の中に出てきて、その後、実務界で手探りでWebの発展をやってきました。

特にWebを教えてる人たちというのは、おそらく理論とか理屈とかよりも、いかに面白いものを生み出すかという目の前のことをやってきたと思います。

しかし、それこそ今、Web3という新しい世界が広がろうとしていますよね。そうなると、Webの技術は一つの実装技術であって、そこに金融の仕組みだったり、資本主義だったり、法律などのさまざまな分野が融合して、ある種、民主化された状態で取り扱うことができる、といった世界になってきていますよね。

自分の意見になりますが、そんな中で、本当に勉強しないとまずいなと感じます。この世界で起きている事象をまず理解するのに、ただちょっとプログラムをいじればできるという話ではない世界が生まれてきているんですよね。今後はそういうのをしっかり捉えていく必要があると思っています。答えになってるか分かりませんが。

高橋センター長;

ITとかデジタルコンテンツ分野は、理論の構築よりも実践の進化の方が速いので、これまでは「理論化できなくても、絶えず実践をやっているからそれでいいじゃないか」とよく言ってきました。

しかし、それは10年ぐらい前の話であって、本学の教員たちもその後は、「いやいや、もっと先だったり、根源的なことを院生や学生に伝えられないと、彼らは正しく理解できないだろう」とか、「手先のことだけ教えて終わりになってしまうだろう」という懸念が生まれていました。

藤川先生にお伺いしたいのですが、大学院で学位を取得される前に、デジタルハリウッドの社会人向けの専門スクールでも学んでいたということで、専門スクールで学んだ時と大学院で学位を取られた時とでは、どういう違いがありましたでしょうか。

藤川客員教授;

大学院では、色々な事象をモデル化していく作業が必要になってきますよね。その事象の構造を明らかにしていって、自分の研究にそのモデルを変換していく。なので僕の場合は、まず先行事例としてアメリカのクレジットカードのスコアの構造を解き明かしていって、ではそこで発生しているプリントカードとは何か、では与信とは何か、といったところから、信用信頼というものを分解していって、ではインターネット上でどのような信用が作れるのか、といったことをモデル化していきました。そこで求められるのが、やはり「考える力」です。

専門スクールではそのプロセスはないですよね。FlashやHTMLなど、誰かすごく頭の良い人たちが作った素晴らしいツールをどうやって活かしていくかというアプローチなので、ポジションが違いますね。もちろんそれぞれ社会において求められる役割というものが、ちゃんとバリューとしてあります。レイヤーがちょっと違う。そういうようなイメージを持ってます。

高橋センター長;

本学の母体であるデジタルハリウッド株式会社は、この業界ができた頃から教育事業をやってきましたが、確かに初期の頃は、正しくツールを使えるオペレーターを育成することが、社会的にも必要とされていたと思います。今は教育機関も豊富になってきて、我々もまさにレイヤーの違う教育を高度化しようということを進めてきたし、必要になってきたということが、今の藤川先生のお話しからも伺えると思います。


<実務家教員による博士学位の必要性>

高橋センター長;

恐らくこのセミナーを受けていらっしゃる方は、博士学位の取得によって得られることやプラスになることはあるものの、それなりの努力や時間が必要であることを考えると、果たして博士の学位が必要なのか、ということも聞きたいかと思います。松本先生、実際に博士号を取得された肌感覚としてはいかがでしょうか。

松本教授;

ここからは私の本音ということで。実務家だから実務だけやってればいいんじゃないのってよく言われてきたんですけども、そうじゃないだろうと思っていました。

一つは、実務もやり続ければ続けるほど、原理原則が分かっていないと進めないのですよね。確かに初期の頃は、自分なりの思い込みでやれるかもしれないのですが、だんだん理論化していくものだと思います。実務だけただやるというのでは、その実務がブラッシュアップできなくなってくるので、先ほどの話で言うと、深く考えるということをやらないと、実務も難しいと思います。

もう一つは、追及していった時に得られる知見の伝承です。我々の場合は新しい領域に当然取り組んでいく訳なので、そこで得られた知見を他へ伝承・承継していきたいとなると、「これこれこうやったら失敗した」という失敗ばかり並べても仕方がなくて、そこにはやはり理論形成や体系化がどうしても必要になってきます。もっと言うと、学問に近い領域まで昇華させて行かないと、他人から見たら何故これが大事なのか分からないんですね。そこを分かるようにするのが我々の一つの役割じゃないかなと思います。

それから、忙しくて博士号が取れないのではないか、と言う意見には私は反論がありまして。実務上でも、実務を通じて得た知見を書籍にしたり、あるいはレポートにしたりしていくうちに、先行事例も見るようになります。それに対して自分の新しい領域、あるいは自分なりの工夫、あるいはそこで得た理論というのも当然出てきますので、これを他の人にも利用してもらいたいという気持ちは出てきますよね。

それから授業や学術研究もそうなのですが、実務でもどこかで客観性が問われるわけですね。商売はもう絶対です。お客様や関係者に評価を受けながら日々戦っています。それと同じことが学術研究にもあって、学会や国際学会や査読を受けていろんな意見をもらったり、フィードバックに対して押し返したりとか、そういうところは実務も研究も全く同じだと思います。

自分も理解しながら勉強していくということは重要で、実務においても研究においても、アプローチは違えどもゴールは似てるところがあるなと日々感じております。

高橋センター長;

藤川先⽣、実務家は忙しくて学位が取れないだろうという点についてはいかがですか?

藤川客員教授;

それまでの経緯がどういうものであったか、人によると思うのですが、僕の場合は、まず大学院に入ってから、そもそも「研究って何」というところから入ったんですね。

そして論文というアウトプットを出した訳ですが、論文の書き方にも起承転結のようなものがあって、ある種のフレームワークに合わせ込んで論文を書いてゆく、それが公聴会で評価される。その型に合わせ込むのが大変だなと思いました。その一方で、その型がある程度見えてくると、応用が利くようになりました。


<博士号取得のメリット>

高橋センター長;

今日は、実務家教員の方、あるいはこれから教員になろうとしている方等から見ると、博士学位の取得について、時間とお金と周りからの理解を踏まえつつ、そこを一歩踏み出すだけのリターンがどれほどあるという点が気になるところだと思います。お二人は、学位を取得したことで、当初描いていた目的に対してプラスでしたか? こうして振り返って、教員としていかがでしたでしょうか。割に合わないのではないかという意見もあるのではないかと思いますが。

松本教授;

周りには結構迷惑かけたと思います。自分としてはすごくラッキーでハッピーだったと思っています。SNSなどのメッセージが、なぜ相手の顔も分からないのに世界中でこんなにツイートされているんだというのが昔からの疑問でして、これを解き明かす一つの手段が見つかりました。

このように自分で昔から疑問に思ってたことを解き明かすというのは、授業でもビジネスでも凄い信念がいることなので、それをやり通せたということは、値千金と言いますか、自分にとっては非常に嬉しいことでした。

藤川客員教授;

仕事にダイレクトに繋がりはしませんが、本質は共通するところがあるので、いたるところで自分の論文を知り合いや部下に「ちょっと読んでみてよ」と、お勧めすることができました。クリエイターのポートフォリオと同じですね。「抽象的な意味で多分使えるから」と他者に提示できるのは良いと思っています。

あと、研究したことを、その先どう生かすかということについては、自分次第であると思っています。現状は実務上では直接の繋がりはありませんが、本当に研究をすることになった時に生きてくると思うのと、今後教員としてよりキャリアを広げようとした時には必ず生きてくると思っています。

ですので、武器として持っているに越したことはなく、それがあることで広がる世界も絶対あるだろうという自信はあります。

おわりに

<まとめと質疑応答>

高橋センター長;

各大学によって教員組織の方針は様々かと思いますが、本学としては、修士から博士レベルへという時代背景や、これからの未来予測等を踏まえると、実務家教員の方々が博士の学位を持たれるということは大きく推進していきたいと思っています。

学内においても、修士論文やビジネスプラン、社会実装の指導を行なうには、ある程度の裏付けが必要なので、博士号を取得した実務家教員による指導を是非推進していきたいと思っていますし、そういう先生に是非、本学でも教鞭を執っていただきたいと考えております。

これまでは「我々が携わっている領域の大学院や博士課程がなかなか無いので博士学位の取得は難しい」といったことを伝えてきましたが、それを超えていかないと、これからは難しいだろうと思っています。

質問をいただいております。博士の学位を取得したのは教員になった前か後か、どんな時に必要性を感じたのか、とのこと。自発的な場合と組織や学校の方針の場合とでは理由は異なるかと思いますが、松本先生、まずいかがでしょうか。

松本教授;

私の場合、ベンチャービジネスから新規事業を追求していくと、マーケティングが重要になってきます。さらに探求していくと、このネットワークを商売にする人が増えてきたので、ではお客さんの心を捉えるのはどうしたらいいかと考える時に、このネットワーク内におけるマーケティングをどう捉えていったらいいか、という発想になります。そこで学術的な知見が必要となります。

私はそれが今の研究テーマになりました。ソーシャルネットで一体何が起こってんだろう、人の心とはどういうふうに映されてるんだろう、それをシミュレーションしたり計算したり事例検証したりする行為は、ビジネス上、どうしても必要になってきました。

教員になってから博士号を取ったというのが、今のご質問にお答えになると思います。

藤川客員教授;

僕は教員になるより前に学位を取得しました。元々16年ぐらい前にWebの技術を身につける中で、サービスデザインという分野を学びたいなと思い、当時大学院を色々探したんですけど、見つからなくて一旦断念しました。

39歳ぐらいの時に、たまたま会社を売却して時間ができて、若干のお金の余裕もできたので、たまたまイベントで慶應義塾大学の教授とお会いしてKMDの話を聞き、「16年前に行きたかった大学院だな」と思って進学を決めました。

こればっかりはタイミングですね。縁というか。その時は「多分今しか学べないんじゃないか」と思って決めました。

高橋センター長;

最後に、「実務家教員になるためには、これからどのようなことをやれば良いとデジタルハリウッド大学は思っていますか」「どういうようなアドバイスがありますか」「何かそういった育成の取り組みはありますか」というご質問に対しては、今回は盛り込んでおりませんでしたので、また違う機会があれば、その時にお話ししたいと思います。本日はご参加ありがとうございました。

以上

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